演じる
自分が周りの人たちに気を遣って
良い人を演じてる気がすることもあるだろう
でも・・・
それで良いんだと思うよ
そうすることで
周りの人たちは満足してくれるし
自分だって・・・
周りの人たちに支えられて
きっと
楽しくなるんだと思うから
本当の何かを忘れなければ・・・
自分が周りの人たちに気を遣って
良い人を演じてる気がすることもあるだろう
でも・・・
それで良いんだと思うよ
そうすることで
周りの人たちは満足してくれるし
自分だって・・・
周りの人たちに支えられて
きっと
楽しくなるんだと思うから
本当の何かを忘れなければ・・・
雨が降ると川ができる
晴れが来れば成長する
曇らないと休む暇が無い
雨が続けば憂鬱になるかもしれないけど・・・
今まで一度だって
雨が止まなかったことは無いんだよ
落ち着いたときにでも
川に行ってみなよ
上流から下流まで
ゆっくり歩いていけば
きっと
その川の水を飲むことができるはずだよ
「裏切り」なんて
ただ、自分自身に理由付けして
納得させたいだけ
互いの傷付け合いから発生したんだから
傷つけてきた相手だって
「人」である限りは
それなりに傷を負う者
相手が傷付きもしないと思うなら
それこそ自分の非が100%
「裏切り」なんて言葉が
「八つ当たり」に変わってしまうよ
はじめは
簡単で単純な心を持った言葉しかなかったのだろう・・・
人には欲があるからなのか
多くの種類の心を組み合わせて
言葉を増やしてきたと思う
今では本当に多くの言葉が存在して
様々な場面で使い分けている
その中でも
「ありがとう」という言葉を
覚えた自分は幸せ者だ
「ありがとう」が言葉の原点だと信じている
そして
その言葉一つあれば
生活は十分成り立つと思うから
「愚痴」って何だか
良い言葉ではないねぇ
この言葉を作った人は
人から相談されるのが
その時は嫌だったんだろうね
でも・・・
聞き手側の気持ち一つで
「愚痴」にも「相談」になれるんだ
「相談」には意見や答えが
出せなくても「信頼」に繋がるんだから
話している人だって
聞いてくれる人がいて
語り始めることで
向くべき方向が分かるんだよ
自分の行動に責任ある?
相手の反応に期待をしたり
ヤマをはったりして・・・
負けないように気を強くしてる?
いいじゃん
素直に「サビシイ」って言えばさ
わり算で
みんなと分けよう
かけ算で
泡銭でも得よう
たし算で
すこしずつ幸せになろう
ひき算は・・・
使用するとこ無いなぁ
算数・数学は頭を良く使うのかな?
算数で
「1+1」を「2」って計算してないなぁ
「2」って答えを知っているから
「知識」を使用しているだけ
かけ算だって
九九の「知識」を使用している
数学だって
公式を導き出して
公式を覚えたら算数と同じ
知識だけで渡り歩いても面白くない
人も動物も昆虫も植物も・・・
その他の多くの生きものの
命の重さは同じだと教えられた
でも正直言って同じかどうかを実感したことは無い
いつも・・・
道ばたにいる虫や雑草の命に対して
特に心を預けることがないけれど
知人・同じ種族である「人」には
命に対して多少なりとも心を預ける
心を預けてしまう分
命に対しての「重さ」というものを
錯覚してしまう
「お金で買えないものはない」という言葉がある
道徳的?な「知識」を出せば
「お金で買えないものもある」って言葉が出る
ただ・・・
価値観は人それぞれにあるけれど
「もの」に対する価値観って何だろう
心
情
命
・
・
・
これらは「もの」という言葉の枠に
当てはめても良いのだろうか・・・